「自分で決めた」と感じても、創造性は残るか——AIが認知を代替する境界
- Mee

- 6 時間前
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AIを使うかどうかを、自分で選べている。
それなら、私たちは十分に「自律的」なのでしょうか。
最近の研究は、もう一段深い問いを投げかけています。本人が自分でAIを使うと決め、自律感も持っていたとしても、考える仕事の核心をAIが代わりに担うと、その自律感が創造性へつながりにくくなる可能性があるのです。
「AIを使った回数」ではなく、「何をAIに考えてもらったか」
Gong & Li(2026)の The paradox of AI cognitive substitution: a moderated mediation model of the relationship between teacher support and student creativity は、中国の大学で美術系学生324名を対象に、teacher support、perceived autonomy、AI cognitive substitution、創造性の関係を検討しました。
ここで重要なのが AI cognitive substitution です。単にAIを頻繁に使うことではありません。課題を進めるうえで本来本人が担う認知的な処理を、AIがどの程度代替しているかという考え方です。
研究では、teacher supportがperceived autonomyを高め、その自律感がcreativityへつながる経路が確認されました。しかしAI cognitive substitutionが高くなるほど、その経路は弱まりました。特に高水準では、perceived autonomyを介した間接効果が統計的に有意ではなくなっています。
参照:Gong, L. & Li, X. H. (2026), The paradox of AI cognitive substitution: a moderated mediation model of the relationship between teacher support and student creativity
https://www.frontiersin.org/journals/education/articles/10.3389/feduc.2026.1902745/full
この研究は特定の大学・美術系学生を対象にしたものであり、AIが一般に創造性を低下させると結論づけるものではありません。著者ら自身も、より多様なサンプルと強い研究デザインによる検証が必要だとしています。
一方、2026年のsystematic review Between cognitive offloading and critical autonomy も、生成AIの教育利用を、単なる利便性ではなくepistemic agency、critical thinking、cognitive autonomyとの緊張関係から整理しています。
参照:Between cognitive offloading and critical autonomy: a systematic review of the epistemic implications of generative AI in higher education (2026)
https://www.frontiersin.org/journals/education/articles/10.3389/feduc.2026.1878665/full
HYMYの仮説:「自律感」と「自律的に能力を使えること」は同じではない
ここからはHYMYの仮説です。
AI時代のHuman Agencyを「自分でAIを使うと決めたか」「選択肢があったか」「本人が自律的だと感じたか」だけで評価すると、重要な変化を見落とす可能性があります。
本人がAI利用を自分で選んでいても、発想する、比較する、意味をつくる、評価する、といった課題の核心をAIが代替していれば、自律感が実際の創造・判断・能力発揮へ変換される経路は弱くなるかもしれません。
このずれを、HYMYでは暫定的に Autonomy Translation Gap(自律感の成果変換ギャップ) と呼びます。
重要なのは、「AIを何時間使ったか」よりも「何をAIに任せたか」です。
AIに任せる単位を、「タスク」から「認知機能」へ
たとえば文章を書く仕事をAIに任せるとしても、調査だけを任せる場合と、問いの設定、主張、比較、評価、結論まで任せる場合では、人間側に残る認知活動が違います。
そこで、AIとの分業を「この仕事を任せる/任せない」だけでなく、どの認知機能を本人に残すかという粒度で設計する必要があるのではないでしょうか。
AIが候補を集める。本人が比較する。
本人が意味を考える。AIが別の視点を追加する。
AIが下書きをつくる。本人が採否と最終的な理由を再構成する。
こうした分業なら、効率化しながら、人間が能力を使う場所を意図的に残せます。
Moon&Meなら、どう設計できるか
Moon&Meの内省でも、AIが記録を読んで最初から「あなたにとってこれはこういう意味です」と結論を返せば、本人が意味を生成する認知活動を代替してしまう可能性があります。
そこで、まず本人が気づきを一つ書く。その後でAIが別の見方を提示する。最後に本人が「近い」「違う」「別の言葉にしたい」を選び、自分の意味へ戻す。
さらに評価も、「AIの提案に満足したか」だけでは足りません。
AIなしでも自分の意味を生成できるか。
AIの提案を拒否できるか。
AIの言葉を自分の言葉へ変えられるか。
こうした指標も、Human Agencyを見るために必要になります。
AIを自分で選べることは大切です。
でも、その先にもう一つ問いがあります。
AIを選んだあとも、自分の能力を使う場所は残っているでしょうか。
